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大和氏講演骨子

○和道とは、「安定的、恒久平和実現を和道と和略を用いて互恵関係を構築し、それを全体におよぼす秩序作りのありかた」。和のうんちく、思想・教義ではなく、「和」の法則性や原理原則に関する実学、知見の報告である。

覇道は、「権力を用いた秩序」。いずれ覇権戦争がおきて、覇者が代わる循環運動、大戦争をしないといけない宿命、周期的に犠牲者を出すシステム。
王道の長所、覇道の現実性を融合したのが和道。

和とは、「役立ちあい、他の存在を支持する関係、互恵関係、互いに喜ばせること」。総互恵:すべてのメンバーが互恵関係にある。心価に着目すれば全員プラスが可能。

○和力とは
和力=互恵力=被恵力 + 恵力、互恵力=交際力=単独和力
単独和力+連帯力=総合和力

真性平和=互恵関係により紛争の動機が発生しないために生じる平和。
擬似平和=武力の大差、もしくは均衡のために紛争が抑制されている状態。
犠牲を生む覇道からの脱皮,真性平和の推進は,和道と和略による秩序づくり。

第5回和の哲学・実学研究会メモ

一色氏:

染色家から聞いた話だが、桜の花びらを煮詰めてもグレーに似た色しか出ないが、桜の木の皮を煮詰めると見事なアカネ色がでる。桜というと春に咲く花びらばかりに目を奪われがちだが、地味な活動をしている幹や根っこなどが総力をあげて生命活動を支えていることの意味は大きなものがある。和力も同じような立場だ。とりわけ覇権主義が行き詰りを見せようとしている中、和力はこれから大きな意義をもつことになろう。

 大和氏:
今回は5回目、まず基本的なことについてのおさらい。和道とは、和のうんちくではなく法則性や原理原則に関する実学。

和道とは、柔道や武士道、華道、書道といった道に早合点されるきらいもあるが、「安定的、恒久平和実現を和道と和略をもちいて互恵関係を構築し、それを全体におよぼす秩序作りのありかた」をいう。

覇道は、「権力を用いた秩序」。しかし、いずれ覇権戦争がおきて、覇者が変わる循環運動をする。大戦争をしないといけない宿命があり、周期的に犠牲者を出すシステムともいえる。王道の長所、覇道の現実性を融合したものが和道。

和とは、仲がいいとか、和のある風景をいうのではなく、「役立ちあい、他者の存在を支持する関係、互恵関係、互いに喜ばせること」をいう。

相互互恵、すべてのメンバーが互恵関係にある。
心価、喜びの量を「欣量」。欣量=喜びの度合い X 時間。
法則性、心価の高いほうを子供のように単純に選ぶ。
心価均衡の法則。喜びは一部残留し、お返ししたいという意欲を誘引する。
残留したものがゼロになるように働く。

○心価に着目すれば全員プラスが可能。
互恵の余地の必在。
互恵提起の承認性。
心価資源の無尽蔵。
互恵仲介力の存在。

○和力とは
和力=互恵力=被恵力 + 恵力
互恵力=交際力=単独和力
単独和力+連帯力=総合和力

○戦力を注ぎ込むコストより、和力のほうがコストが安い
和略=和力を効果的に作用せしめ、総互恵を図るはからい
真性平和=互恵関係により紛争の動機が発生しないために生じる平和
擬似平和=武力の大差、もしくは均衡のために紛争が抑制されている状態
犠牲をうむ覇道からの脱皮、真性平和の推進は、和道と和略による秩序

○覇道者が思う和道は覇道、
覇道者が聞いたキリスト教は覇道になった。
「和道」が覇道に勝てるかという考えは覇道的である。
和道は天下制覇をめざしているというかんぐりも覇道心による。
和道は勝利ではなく、調和(相互恵の推進)をめざす。

○信者の見た理解者は信者
和道の解説に「あんたは信じるのですか」と質問した人がいる。
ある人々は「信者獲得」だと勝手に思い込む。
和の実学は思想・教義ではなく知見、法則性の報告である。

人脈三圏(互求圏、互奪圏、互恵圏)

互奪圏にいれば、互求圏は甘い、互恵圏は極楽トンボに見える。
互求圏にいれば、「互恵なんて打算的」とけなす。
善苦悪快観念は互求人的な自他対立観念=利己性を物語る。
互求人的な互恵のイメージはギブ・アンド・テイクである。
打算で誘導して人を都合よく動かすのは互求圏の発想。
互求人でも互恵原理を応用できるが、目的は利己的なものとなる。
互恵人が和略で互恵原理を活用するのは利己的動悸からではない。
役立ち自体を喜びとする人が喜ばせあっているのが互恵圏である。
相手の喜ぶ顔をみるのが喜びだという生き方=互恵人。

○競争人間がみた前進向上は競争
「やっぱり競争はあるんだよね」というのは、競争人間の本音。
競争脅迫観念のとりこになると、この世に競争という現象が客観的にあると思う。
こうした人は、田の稲も競争して伸びているように見える。
競争人間は競争放棄を生在放棄と混同して自己を脅迫している。
スコアばかり気にしているテニスプレイヤーは負ける。友を見て走るより、
ゴールをみて走れ。
競争人間からみれば、向上努力は競争努力でしかない。

天分を社会に活かすための向上努力は、競争とは次元が異なる。
競争は現象概念ではなく、幸福同様、感覚概念である。
優位を求めなければ、向上・獲得の努力はあっても競争は存在しない。
受選力=商品が選ばれる力
競争力というと商売相手に目が向きがちだが、客にこそ目を向けるべき。

○甘さでみた正道貫徹は甘さ
甘さの抜けない人ほど、正道逸脱に追い込まれる。
それを現実はそんなに甘くないと言い訳する。
そして自分たちは甘くない側にいると思っている。
また和道のような正道志向に「甘さ」を主張する。

◎和道と修羅場
○和略不在を無意識の前提とする思考
「武装なくして安全なし。したがって武装は必要」という論がある。
そこでは敵ができる過程を、制御不能扱いにする過去の前提がある。
敵襲来の想定自体が、和略無効という前提を含む。

○和力不在を無意識の前提とする思考
多くの人は「和力」が、実力の一種とは見ていない。
和力を自覚的に保有・使用した経験がない。
したがって「武力不在=無力」としてつぎの思考を展開。
結果、非現実的丸腰主義が和道の主旨と早合点する。

○和力で「勝たずして成す」を選択
「戦って勝つ」は「戦わずして勝つ」的に解決する。
闘争不可避論は能力不足による限界の正当化である。

○被襲重防備と敵化無防備
突然に襲われるという意識を被襲不安と呼ぶ。
一般に武装や軍備は被襲への防備を根拠としている。
その防備は、事態悪化の後に焦点を合わせるもの。
ある人々は、被襲を必然化する敵化過程に無頓着。
敵化無防備、被襲重防備は案外よく陥る不良策である。

○互奪圏人は被襲防備の要求が切実
互奪圏人は「やらなければやられる環境」に住む。
互奪圏人は、社会に役立つより邪魔になっている。
互奪圏人は、世間から味方殺到状況に無い。
互奪圏人は否応なく人を食い物にし合って生きる。
互奪圏人は、報復を受ける可能性を背負って生きる。
互奪圏人は、被襲防備に関心を持つ。

○窮迫的環境と蛮力の可能性
米パニックで先に困ったのは人脈弱者であった。
彼らは良質の人脈に入りにくい自己要因を持つ人々でもある。
互恵人脈を持つ人々は、予見情報の共有も対策も早かった。
加えてパニック発生後も、他からの自発的助けに恵まれていた。
平和主義者でも互恵的な覇道の観念を基底に持つ人々は多い。
覇道者は窮迫的社会状況では、蛮行が生在に有利と見てしまう。
そのような非互恵圏人は、実は早い段階から困る層であった。
互恵圏に住むことは心細いのではなく、心強いことなのである。

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「自由論議」

ーー:3圏(互奪、互求、互恵)、スポーツをどう位置づける:
競争というのは、この世は競争に満ち溢れている。現象としてあると思い込んでいる。幸せがあるのではなく、感じるものと同じ感覚概念。

受験戦争、競争というより強いて言えば淘汰、入学に適した人とそうでない人と。勝った負けたではなく、選別が行われた。

ーー:サービス業における受選力:
受選力を得るために、差別化をものさしにして、行動を選んでいくと不完全になる。

経営者が飲食店をやろうというケースで、近くにうどん屋があり、オムスビ屋がないからオムスビ屋をやるとする。だが違っているから差別化がはかれるわけではない。ビジネスでは何の足しにもならない。

特異貢献、とても欲しいがどこにもないものを提供。
役に立つけど、どこにでもあるのはだめ。
商品に区別がないケース。1坪のタバコ屋が年間2億円を売り上げた。そのタバコ屋は、遠くから近づいてくる客が見えただけで、どの種類のタバコをいくら買って、おつりがいくらと計算し、店の前にたった時には、タバコとおつりがぱっとでる。駅から他のタバコ屋があったとしても、誰もがそこで買う。この場合、購入しているのは、買い心地。

 ーー:和は異質共在、移民はどう考える:
日本は今でこそ単一民族と考えられているが、いろんな人種が混合してきた
歴史的経緯がある。

日本人はアメリカを覇道の国というが、異質のものを受け入れて一緒にやってきたのは米国だとの反論がある。その意味では、米国にこそ和があるというものだ。だが移民を米国は受け入れはしたけれど、一緒には住んでいない。
棲み分けが行われて、共存はしてはいるが、融合してはいない。

労働移民という発想も確かにあるが、誰しも生まれ育ったふるさとを離れてまで、稼ぎに行かないといけないとしたら、稼ぎが目的で一財産を作ったら、帰って行くというのが良いと思う。文化も違えば、生かさず殺さずで、欧州にみられるように、いざとなったら統一がとれないというのは問題。

大脇:「世界平和の実現は各自のパラダイム転換から」─ 和道の解説 ─        

王道が廃れ、覇道で行き詰った今日、和道の時代が到来したと大和信春氏は唱える。
氏は、平和は偉い人や、権力者によりもたらされるのでは無く、1人ひとりが自己本位から利他的生き方、(互求人間、互奪人間から互恵人間)、お蔭様でと世間に感謝する心に切り替わること、『人間革命(意識・良心・人格革命)』、真の和道に生きることにより可能であると見る。

さらに氏は人間社会の「和」のみならず、自然との和にも言及する。
人間本位の西欧科学技術文明が環境破壊をもたらし、破局の頂点に至った今、自然が主体であり人間はその対象である(「自然に生かされている」)という自然との共生(惟神の道)の重要性を説く。

さらにまた、氏は人間自身の「和」(安心・平安)にも触れる。
人は変動する社会や物によりどころ(アイデンティティー)を置くのでは無く、何らかの主体(価値観:神、信条、空、無、法、真・善・美等)を定立し、それに基づき価値判断し、行動している。

このように和道は、人間社会、自然、内的世界との全体的和(トータル・ハーモニー
)、大和(グレイト・ハーモニー)を説いている。

要するに、「天、地、人を三大主体として、一人ひとりがその対象として、敬・信、従・真、愛・善を持って「和」に生きること、『対象革命』により、始めて、平安、永生、平和がもたらされる。これはいとも簡単で、誰しも即座に実践可能な道である。また、これこそ唯一、確かな人類恒久平和実現の道である。」と要約できる。

 

閉会の辞:一色氏
自分と違う異質なものを尊敬する心は大事だ。その意味でも総互恵というのはとても大事だと思う。文豪トルストイが亡くなる寸前に言った言葉がある。いまわの時というのは大事だ。人は真実を語るものだからだ。
「個人は無限なる者の表れに過ぎない。生命は他の生命と結ぶつくほど、自我が拡大する。人の幸福が拡大するほど、自身の幸福も拡大していく。なすべきことをなせ」「人々の方向に目を向けよ。生命は何か目的があって、私たちに贈られた。どんな事情があろうと、生きて生き抜く義務がある」

(文責:T.I)