90歳に達したペンギラン・ユスフ氏は66年前のあの日をふり返った。
「もういやだ。あの地獄図は二度とあってはならない」。
第1章 まえがき 第2章 汎アジア主義運動
第3章 ユスフの日本留学 第4章 平穏な暮らしだったが
第5章 助けてください 第6章 父に会いたくて故郷へ
第7章 冷戦の戦場 第8章 アジアの目、世界の目
第9章 太平洋を越えた縁
著者紹介橋本明[ハシモトアキラ]
1933年(昭和8年)横浜生まれ。56年学習院大学政経学部政治学科卒業
後、社団法人共同通信社入社。社会部次長、ジュネーブ支局長、ロサンゼルス
支局長、国際局次長、(株)共同通信社ジャパンビジネス広報センター総支配
人などを経て、フリージャーナリスト(本データはこの書籍が刊行された当時
に掲載されていたものです)
『共に生きる ブルネイ前首相ペンギラン・ユスフと「ヒロシマ」』
橋本明 財界研究所 800円(税込)
橋本 明は日本のジャーナリスト、評論家。学習院初等科入学当時からの
今上天皇の「ご学友」ということで、様々なメディアからテレビ番組・ワイド
ショー・週刊誌等にたびたび出演し、皇室典範改正問題について女系天皇容認
の立場で論陣を張っている。また『文藝春秋』・『諸君!』等の雑誌に皇室関連
の論考を発表している。今回氏はペンギラン殿下をインタビューして著した
「共に生きる」を陛下に献上され、陛下はすでにお読み下さった由。
大日本麦酒の元常務橋本卯太郎の孫。橋本龍太郎元首相や橋本大二郎前高知県
知事は父方のいとこである。
経歴 [編集]神奈川県横浜市に検事・橋本乾三と千代の次男として生まれる。
1940年(昭和15年)4月学習院初等科に入学。以後大学まで学習院で学ぶ。
1956年(昭和31年)学習院大学政経学部政治学科卒業。共同通信社に入社。
1961年(昭和36年)から1963年(昭和38年)までチトー大統領の招待でユーゴ
スラビアに留学、ベオグラード新聞研究所第一回卒業生となる。
共同通信社会部次長、外信部次長、ジュネーヴ支局長、ロサンゼルス支局長、
国際局次長、共同通信社役員待遇、ジャパンビジネス広報センター総支配人、
共同通信社特別顧問、共同通信社国際スポーツ報道顧問、日本パブリック・リ
レーションズ協会理事および長野オリンピック組織委員会メディア責任者、国
際オリンピック委員会報道委員会委員、学習院桜友会機関誌(季刊)編集長等
歴任。