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基調講演T. 2010年:国連と“地球市民”の役割」

  吉田 康彦 大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授


核問題をきっかけに北朝鮮と関わる。訪朝10回。ジャーナリスト,国連職員の経験を踏まえた国連改革,NGO,原子力,北朝鮮問題に関する鋭い論評には定評がある。   HPはこちら

1936年東京生まれ、東京大学文学部卒業。NHK記者となり,ジュネーヴ支局長, 国際局報道部次長などを歴任。1982年国連職員に転じ,ニューヨーク,ジュネーヴ,ウィーンに10年間勤務。1986-89IAEA(国際原子力機関)広報部長,1993-2001年埼玉大学教授,2001-2006年大阪経済法科大学教授。「核・原子力問題情報センター」常任理事。近著に『「北朝鮮」再考のための60章』『国連改革』『21世紀の平和学』など。

2009/11/28 大阪経済法科大学東京麻布台セミナーハウス

地球市民フォーラム 基調講演 【T】 アウトライン

2010年:国連と“地球市民”の役割」

                     吉田 康彦

【1】地球市民の誕生

(1)第二次世界大戦の反省  → ユネスコ憲章前文
(2)アンドレ・マルローが提唱者
(3)宇宙開発によるパラダイム・シフト→「宇宙船地球号」乗組員の認識


【2】地球市民意識を育んだ条件
(1)経済のボーダーレス化
(2)交通・通信手段のグローバル化  → 情報化社会の出現
(3)「成長の限界」と「国連人間環境会議」
(4)冷戦終結 →国連の再生


【3】地球環境問題の深刻化

(1)酸性雨と化学物質による大気・河川・湖沼・海洋の汚染
(2)オゾン層破壊
(3)生物の多様性喪失
(4)砂漠化の進行/(伐採による)森林の減少
(5)気候変動(地球温暖化)

【4】資本主義市場経済の破綻

(1)金融危機
(2)貧富の差の拡大

【5】過度のグローバル化現象のゆり戻し
(1)国粋主義(偏狭なナショナリズム)の台頭
(2)地域紛争の頻発
(3)地域統合(regionalism)と民族主義(ethnicity)の復権


【6】21世紀後半期の人類の課題

(1)国家主権の変質と相対化
(2)international から transnational, supranational へ
(3)守るのは国益か、人類益か、地球益か
(4)精神文化が支配する世界


         【関連年表】

1
957 ソ連、スプートニク(人類初の人工衛星)打ち上げ
1961 ガガーリン宇宙飛行士、ボストーク1号で地球を周回し
  「地球は青かった」と語る

1962 レイチェル・カーソン『沈黙の春』で化学物質の環境汚染を警告
1963 テレビ画像の衛星中継実現(米国からの初の映像はJFK暗殺)
1966 ケネス・ボールディング『宇宙船地球号の経済学』で地球の資源は有限と警告
1967 S.オーデン博士(スウェーデン)、北欧における酸性雨の被害を報告→
    人間環境会議開催提案
1
969 ジャンボジェット初就航(シアトル→パリ間)→大量輸送時代の幕開け
   (超音速コンコルド就航)
1969 米アポロ11号、月面着陸

1970 全米各地で “Earth Day”集会・デモ開催、公害追放の市民運動広がる
1971 ウタント国連事務総長、記念式典で「われわれは宇宙船地球号の乗組員」と語

1971 日本政府「環境庁」発足
1972 ローマクラブ『成長の限界』で「100年以内に地球の資源は枯渇」と警告
ストックホルムで「第1回人間環境会議」開催、初のNGOフォーラム同時開催
     UNEP(国連環境計画)発足
1974 シェリー・ローランド加大教授、フロンガスによるオゾン層破壊を指摘
1980 カーター米大統領『西暦2000年の地球』で、食糧危機、資源枯渇、環境破壊を
  予言
1981 IBM(次いでApple)が小型卓上コンピューター(PC)を発売→インターネット時代
   の幕開け

1985 気候変動に関する初のUNEP/WMO共催・専門家会議(フィラッハ/オーストリア)
1985 オゾン層保護のためのウィーン条約締結・発効
1987 同モントリオール議定書締結・発効 →フロン、ハロンの全廃決まる
1987 ブルントラント委員会「持続可能な開発」に関する報告書を国連に提出
1988 G7サミット(トロント)、国連総会の議題、地球環境一色に染まる
1988 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)発足し初会合
1990 フィンランド、炭素税を導入 →EU(欧州連合)諸国相次いで導入
1992 リオデジャネイロで史上最大規模の「地球サミット」開催、「地球憲章」
   「アジェンダ21」を採択
1992 森林の保全に関する原則声明採択
1993 生物の多様性保全に関する条約締結・発効
1994 気候変動枠組み条約発効
1995 COP-1(第1回気候変動枠組条約締約国会議)(ベルリン)、COP-2(ジュネーヴ)
   合意不成立
1996 砂漠化防止条約発効
1997 京都でCOP-3開催 →「京都議定書」締結→2008〜12年のCO2削減目標設定
2000 ミレニアム記念国連特別総会 →MDG(ミレニアム開発目標)採択
2002 ヨハネスブルク(南ア)で「持続可能な開発」に関する首脳会議開催
2004 ケニアの環境保護活動家のワンガリ・マータイ女史にノーベル平和賞授賞
2007 IPCCとアル・ゴア元米副大統領にノーベル平和賞授賞
2009 コペンハーゲンでCOP-15開催(法的拘束力のある合意先送り?)



I 平和・人権        F       座長  吉田 康彦 (大阪経済法科大学客員教授)
報告1.
 
「さらに深まる危機─アフガン・中東」坂井 定雄 龍谷大学名誉教授
1936生まれ。東京都立大学理学部物理学科卒。196093年共同通信社記者(ジュネーブ,ベイルート,カイロ,外信部)。19932005年年龍谷大学法学部政治学科教授。20052008年日本学術振興会カイロセンター長。専門分野;中東・中央アジア現代政治,戦争,地域紛争,テロリズム。

近著に『「燃えるパレスチナ」『PLOと中東和平』『テロの時代』『核戦争が起こる』
訳書に『アルカイダ』『タリバン』『聖戦』など。
報告2.
中国チベットウイグル中台関係ペマ・ギャルポ 
桐蔭横浜大学院教授
1953年チベット生まれ。1965年来日。1973年 チベット文化研究会設立,亜細亜大学法学部卒。ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表。インド政府観光局東京事務所顧問、ネルー記念財団チベット学校常任顧問 チベット教育福祉基金理事長,世界連邦日本仏教徒協議会理事等歴任。現在,岐阜女子大学名誉教授,拓殖大学客員教授,チベット研究所名誉所長,南アジア地域協力連合調査研究会会長,モンゴル国大統領社会文化担当顧問等も兼任。

近著に『中国が隠し続けるチベットの真実』『悪の戦争論』『迷走日本外交に物申す!
『資本主義最終章の始まり』『おかげさまで生かされて』ほか
   

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